“集合住宅の文化“を考える(集住センター:転載)


[ フォローアップ ] [ フォローアップを投稿 ] [ 投稿リストへ戻る ] [ FAQ ]

投稿者 Hiroshi Arita 日時 1999 年 3 月 10 日 14:09:26:

“集合住宅の文化“を考える


 集住文化とは マンションという社会空間が、人間が共に住むコミュニティとして自覚されたところから
生じる共通のマナーや文化のことではないでしょうか。

◆マンション生活と社会集団◆

一般的に、人間が社会的な存在である限り、集団的な関係は不可欠でありますが、マンションにおける社会集団には、
少なくとも二つの点に、他の集団と異なる特徴がみられます。

一つは、マンションの社会集団から逃れて個人の生活を成り立たせることは極めて困難であります。
マンション生活は、戸建てのように住めない。
一人で住んでいるようで、皆で暮らしているのがマンション生活です。
だから、どのように住むかは自分一人では決められない。

マンションの住み方は、規約のなかに、おおよそのところは活字として書かれていますが、
これを単なる規則としてだけではなく、了解し合い、あるいは変更して、住まい方を皆で決めていくことが
マンション生活には運命づけられています。

二つ目は、この社会集団は、まったく平等な関係で構成されているということです。
会社組織や労働組合、宗教団体などとは違って、権威も秩序もなく、権利にもとづく平等な個人によって
構成されています。
集団の秩序は与えられたものではなく、日々つくりあげられなければなりません。

しかも、この構成員は、知らない他人同志で、出入りが自由であります。
だから、住まい方をつねに了解し合っていくためには、フラットな関係性にもとづいて新しい結びつきを
作らなければなりません。

 ◆居住者個人の文化◆

 以上のことは、管理組合が正常に運営されていれば、マンションの社会集団も良好に保つことができるという話をしました。
しかし、マンションの構成員は管理組合と同一ではありません。
管理組合は構成員から委託された代表機関、その一部に過ぎません。

 そこで、「マンション居住者」という構成員すべてにかかわる問題が、独自な領域として存在することになります。
そう考えると、集住文化は、居住者という「個」が、マンションという集合社会の「共同」との関係のなかで生まれて
くる文化、ないしは必要とされる文化なのではないでしょうか。

その文化が共有される時に、マンションは単なる「社会空間」ではなく、「コミュニティ」として認識されるでしょう。
集住文化がなくても、管理組合の運営によって建物は修繕され、保全はなされるでしょう。

しかし、管理組合が恒常的に良好に運営され、また構成員の総意にもとづいて建物が保存されている状況、まして個々人の快適なマンション生活は、決
して集住文化なしには難しいのではないでしょうか。

マンション居住者の集住文化という土壌のうえに、管理組合の運営も建物修繕もうまく花開くといえるでしょう。

 それでは、集住文化の諸側面について考えてみましょう。   
 

まず第一は、「話し合いに馴れる」というマナーを築くことです。

集まって暮らすことは楽しいというところまで行かない次元で、少なくとも不快ではない集住社会を実現するためには、
最低限「話し合いに馴れる」というマナーが必要です。

マンションのコミュニティは、昔のような村の地域社会ではなく、独立した個人の共同ですから、
その共同性をたもつのは対等な関係でのディスカッション以外にはありません。
それは、人間と人間との関係性のマナーでもあります。

第二は、マンションの暮らしにおける情報の共有であります。

マンションでの個性ある暮らしを設計することは個々の自由な選択でありますが、ただマンションの基礎的な
ハード面は共通している部分が多いといえます。
換気や水道水、床のカーペット等は個々人の専有部分の領域でのトラブルのように思われがちですが、
実はみんなの悩みでもあったりします。または建物のハードに原因があるかもしれません。

このような情報の共有は快適なマンション生活には欠かせないものですが、
それができるのは集住文化の水準によるところも大いに関係してきます。

第三は、マンション生活にコミュニケーションがあることでしょう。


マンションのコミュニティーは、昔の共同体のような強制的な地縁的な結合ではなく、
自由な選択にもとづいて人間関係を取り結ぶことができるし、そうでなければなり得ないことはいうまでもありません。

自由な選択といっても子育ての個人化や高齢化社会という状況のなかにあって、コミュニケーションの輪を
広げることは、快適な集住生活を築く上で不可欠になっています。

マンションにおける人と人との区切り方を、鉄の扉で閉ざされた個室ではなく、木で囲んだ花のある昔の「垣根」の
ような関係で分けることができるならば、社会的空間は内実のあるコミュニティーに深まっていくに違いないと
いえるでしょう。

以上。


このページのトップへ戻る


フォローアップ:



フォローアップを投稿

氏名 or ニックネーム:
E メール(省略可):

件名:

メッセージ:

関連リンクの URL (任意):
上記リンクの題名:
画像の URL (任意):


[ フォローアップ ] [ フォローアップを投稿 ] [ 投稿リストへ戻る ] [ FAQ ]